くもや海亀は卵から孵るとすぐに自力で生活を始め、くもの子を散らす姿や、海亀の赤ちゃんが卵の殻をわって、波うち際までたどり着く姿は、見るものに大きな感動を与えます。どちらもたくさんの子が生まれますが、そのほとんどが淘汰にあって成長をするのはほんの一握り、結局親と同じくらいの数が残って、翌年の産卵を迎えます。しかし、人のような哺乳類は生まれる子供の数が限られており、そうそう簡単に淘汰をされては困るので、長い間親の庇護のもとに成長をしなければなりません。

人の一生は育てられる時期と、育てる時期があり、それが済んだら余生ですが、それぞれ成長期、生殖期、そして最後が後生殖期と呼ばれます。もちろん、生殖期とは単に生殖をする期間ではなく、子供を育てる期間も含めてこう呼びます。この間はたとえ子供が生まれていようとも、親が絶えれば種も絶えてしまう大切な期間で、かなりの確率で親の健康が保障されています。

これはホメオスタシスといって、いろいろな環境の変化に対応して身体が安定し、健康な状態を保とうとする働きです。血液の量や浸透圧、pHなどはたんびに変わったら大変なことになるからです。体温一つをとっても、2-3度熱が上がっただけで、苦しい思いをしたことは誰にでもあると思います。

細菌やビールスに対する生体防御機構もホメオスタシスで、これらの機能は脳が指令塔となり、ホルモン系、神経系、免疫系がそれぞれ緻密なネットワークを作って対応します。こうして人類は子孫が育つまで、ちょっとやそっとのことでは壊れないよう、作られているのです。

しかし、子育てを終えて遺伝子が次世代に伝わると、親は生きている意味がなくなってしまいます。もちろんこれは生物学的な解釈で、人間としてという訳ではありません。この時期が後生殖期と呼ばれるもので、例外なく消滅の過程をたどることになります。

自然界ではおおかたの生き物は後生殖期が事実上の寿命で、体力がなくなると厳しい環境の中でのたれ死にをするか、何かの外敵にやられてしまいます。たまたま、ゾウのような大きな動物は外敵がいなくても、あの体重を維持してきた大食漢の歯は擦り減って、やがて飢えて死んでしまいます。これなどは、孫子のために食い扶持を減らすという、遺伝子に仕組まれた巧妙な罠かもしれません。

人間だって一昔前は、長生きをしすぎた老人は捨てられる運命にありました。楢山節考、姥捨て山、こんな話は世界中にあって残酷物語のようですが、飢饉の度に大勢の餓死者が出るような環境では、理にかなった風習だったのかもしれません。これが安楽死と呼び名を変えて、現代に復活しないことを祈ります。

ともあれ、遺伝子とは誕生から成長、そして子孫を残した後には死までをも計画するもので、人生のリズムに消長はあるにせよ、この流れに逆らうことはできません。では後生殖期の変化、平たく言うと老化とはどんなことが起きるのでしょう。

一番わかりやすいのが外観です。40代になるとカラスの足跡、50代で口元の皺、以後下まぶたはたるんで、目も落ち込んできます。頭は白髪ないし禿げで、皮膚にはしみができ、下腹が出て少し前屈みに歩けば一目で老人とわかります。

 他にも様々な機能の衰えが始まって、スピードや力など運動機能は年齢と共に直線的に低下するし、視力や聴力などの感覚機能も、直線的ではないにせよ、衰えがひどくなってきます。

こういう変化が目立ち始めるのも40代のなかばからで、老化の始まる年齢のように見えますが、20才の人と40才の人を比べれば、その差は明らかで、厳密には20才を過ぎたら老化は始まっていると考えなければなりません。

ちなみに20才というのは人間の性成熟年齢で、身体のあらゆる機能は最高に達し、この5-6倍が人の最大寿命と考えられています(Cutler,1989)。

外観や動きの他にも、身体の営みを維持していく心臓や肺など、臓器の機能が低下します。少し動いただけでもぜいぜいするし、寒さには弱くなって、夜中に何度もトイレに立つのはこのためです。肺や膀胱、腎臓の機能が何歳でどうなるか、膨大なデーターがありますが、自分自身に当てはめると嫌な気分になってきます。

身体の司令塔である脳にとっても、神経細胞は生まれたときのものを一生使い続けるので、減ることはあっても増えることはありません。毎日何万本かなくなって、80才から90才になると、脳は半分の重さにまで減ってしまいます。したがって、もの忘れがひどくなるし、集中力もうすれて、単純な知的能力は明らかに低下します。ただし、いろいろな経験をもとに総合的に判断を下すような能力まで、低下するとは限りません。これは結晶性能力と言って、人によっては90才まで成長をするので、せめてもの救いでしょうか。

こういうことがあるから、中国では「老」という字は尊敬を表すし、日本でも偉い人が大老、家老と呼ばれたこともありました。

 こうして一つ一つの臓器が老化をしますが、その原因は臓器を構成している細胞にあります。先ほども少し触れましたが、脳や心臓、あるいは手足の筋肉の細胞は、生まれた後増殖することはなく、一生を通じて減る一方です。血液や生殖細胞など、永久に分裂を繰り返す例外もありますが、胃腸の粘膜など、その他の細胞は分裂をしたとしても、その回数は限られています。子供が成長した頃、やがて予定された分裂の機能も使い果たして、臓器の細胞は再生ができなくなってしまうのです。

 要するに身体全体、臓器、細胞と、どのレベルで見てもガタが来るのですが、何故このような老化がおきるのか。どうしたら防げるか。それは細胞の傷害が蓄積されるとか、もともと遺伝的に老化がプログラムされているとか、活性酸素が悪いとか、老廃物、ストレス、いろいろな学説がありますが、多分これらの要素が複雑に絡み合っているのでしょう。とにかく人間は老いて死んでゆくことが決まっていて、その老いの程度はもともとの遺伝的な要素に加えて酒、タバコの習慣、紫外線、運動不足など様々の要因が加わります。

 老化とは実に多様な要素が組み合わさって決まるため、大きな個人差がでてきます。問題はこのばらつきが個々の人によって大きいということばかりでなく、同じ人の中でも、臓器によって大きなばらつきが出るということです。身体全体がバランスよく老いてくれればいいのですが、脳が先に萎縮をしてしまうと認知症、足腰が参ってしまえば寝たきりです。視神経がやられれば失明ということになり、これが高齢者の病気と呼ばれるものなのです。

次項ではこの病的老化について、話を進めたいと思います。