地球上に生物が誕生したのはおよそ35億年前。星間雲から飛んできた氷塊に含まれていたアミノ酸から蛋白質ができ、さらに細胞ができたという説があります。一方、海底火山のものすごいエネルギーでアミノ酸が合成されたという人もいて、本当のところはわかりません。

とにかくこのアミノ酸を含んだ蛋白質が単純な細胞を作って、それが生物の最初の姿です。その後、この生き物は気の遠くなるような時間をかけて、様々な方面に進化を続け、今、地球上には約八千万種の生物が暮らしています。単細胞から人に進化などという話をすると、それこそ一足飛びで、こんなにスケールの大きな一足飛びを私は他に知りません。

もともとの生物は同じDNAを共有していましたが、世代が変わる度に、これがほんの少しずつ形を変え、生き残った生物のDNAだけが後世に伝えられます。親は子を儲けて、その子は病気を乗り越え、他の生物に食べられることもなく成長をして、また次の子を儲けます。これがたった1回の例外もなく、何十億年も繰り返し続い結果が今の自分であり、これはもう奇跡を越えた出来事だと思うのです。

では、個々の人間はどのようにして誕生するのでしょうか。ご存じの通り人間の原形は、1個ずつの精子と卵子がくっついた受精卵で、この卵は猛烈な勢いで分裂を繰り返します。

1個が2個、2個が4個、4個が8個。がまの油売りの口上のように増え続けますが、これが雪降りの姿となってパッと散ることはありません。そこには細胞同士を引っ付ける特別な機構があって、細胞群は大きな塊に成長します。しかし、増えるだけではただの塊ですから、やがて神経線維の長い細胞や皮膚の平べったい細胞に変化をしなければなりません。

最初は同じ形のものが、どうしてこんな風に変わってしまうのか。それがDNAの仕業です。DNAは細胞核に入っていて、分裂をする細胞に信号を出し、その役割りを決めているのです。こうしてDNAの指令のもと、順次人の身体が造られます。

卵細胞が分裂を繰り返す過程で、早い時期には一つ一つの細胞が将来耳になるのか、鼻になるのかわかりませんが、ただ一つ先を約束されているものがあって、それが生殖細胞です。生殖細胞とは精子や卵子などの遺伝子を残す特別な存在であり、それ以外は一括して体細胞と呼ばれます。

手足や胃腸、心臓と言うとずいぶん違った雰囲気をもっていますが、これも全て体細胞なのです。くどいようですが、自分の中心はどう見たって生殖器ではなく、脳のように思いますが、これとて体細胞の一つに過ぎません。

この生殖細胞の役割は、他の体細胞と全く違います。目も内臓も筋肉も、それぞれ人が生きていくために個々の役割をもっていますが、生殖細胞の目的は生きていくこと、そのことなのです。つまり遺伝子を次世代に伝えることであり、身体とはDNAが数十億年も乗り換えながら生き続けた住処なのです。

次の世代に命を引き継ぐまで、その身体は健康に生き続けるようにできています。若いうちは消化や呼吸など、生命そのものを維持していく機能は、めったなことで故障はしないし、内分泌や免疫機構は、身体を常に健康に保って、細菌の感染などから身を守ります。

こうして身体を健康に保ちながら目や耳、いわゆる五感を通して絶えず周囲の情報を取り込みます。この情報を元に、脳は様々な決定を下し、手足を動かして活動をする。これが人間の生活です。

このような機能は全ての生き物に共通することで、人の特徴は言わずと知れたその知能ですが、この点でしばしば誤解を生じることがあります。

つまり、人の知能とは生きる目的をもって発達したのではなく、たまたま知能の発達した人間が、代々生き続けてきたということです。像の鼻、キリンの首が長いのも、長い方が生活をしやすいからと思って、頑張ったわけではなく、たまたまちょっと首の長かったキリンの方が自然に適合性があり、その子孫が増えた結果です。

振り返って見れば、何億年も形を変えずに生き続けたゴキブリの方が、生物としてはよほど完成度が高かったのかもしれません。人の場合も、知能の高い猿の子孫が生き残って、進化をした結果なのでしょう。

当初、人類は生きていくのがやっとだった時代に、安定した生活を求めて様々な工夫を行いました。最初の課題は安全。次が食糧の確保です。生き物は食われないようにして食う。これができれば、次は子孫を設けて、子育てをして世代を交代する。

人は何の不思議もなく、この繰り返しに知能を働かせて数百万年も過ごしましたが、このあたりにDNAの影が見え隠れしていませんか。つまり、個別の身体はどうでもよくて、身体を乗り換えて子孫にDNAを受け継がせるという企みです。

 ところが、知能が人の生活を変えたのは、実用的な面ばかりではありませんでした。人類が山の神様や太陽を崇拝したり、霊魂を恐れるようになったのは、いったいいつの頃からでしょう。DNAはこんな知能の使い方をしろという指令は出さなかったはずです。

これは明らかにDNA から独立した脳の意思でありました。遺伝子が威力を発揮するのは、身体を組み立てるところまでで、できてしまった体細胞には自らの意思を通す余地が生まれたのです。これこそDNA にとっては想定外の問題で、人類がDNA と併行して何代も受け継いできた魂であると思うのです。

自分の数十年を振り返って見れば、DNA の指令と脳の意思が食い違って、欲望や正義、打算や努力が重なって、葛藤を繰り返してきました。

それでも若い身体は、DNAにとっては大切な住処で、内分泌や免疫機能を駆使して、健康を守ります。しかし、子孫を設けてこれが成長した後の人生は生物学上、特別な役割も与えられておりません。遺伝子にとっても、どうでもよい身体になってしまいます。

人は老人と言われる頃、生物としての役割を終えて、遺伝子の庇護を離れると、急速に体力は弱まって病気がちになってきます。しかし、一方では心が遺伝子からの呪縛からも解き放たれて、老後の体細胞は限られた時間ですが、自由空間を生きることになると思うのです。

(2012.3.2)