健康と病気といえば正反対の言葉で、当たり前の意味ですが、改めて健康とは何かと言われると困ってしまいます。国語辞典で健康とひくと無病などという答えが出てくるし、病気を調べると健康さを失うことなんて書いてあり、ちょっと馬鹿にされた気がします。そもそも健康とは機能的に完璧な身体なのでしょうが、人間完璧な身体など絶対にありません。どんなに丈夫そうな人でもどこかしら欠陥があり、その欠陥を補いながらバランスをとって生活をしているのです。完璧がないとすれば、ある程度欠点をもちながらも、ここから先が病気という線を引かなければなりません。

こういう分類は他にも沢山あって、高血圧症の場合は上が140、下が90mmHg、老人は65才以上という具合に決まっています。今までと何も変わらないのに、65才の誕生日を迎えたとたんに老人と呼ばれるのも腑に落ちない話ですが、こういう線引きはだいたいWHOという機関がやってくれます。ただ、健康と病気ということになるとその境目は数字で表されるような、はっきりした根拠がなく、とてもファジーな決定になります。結局自分で決める他になく、健康とは「本人が心身ともに十分満足のできる状態」ということになります。反対に病気とは「偶発的に本人の意思とは無関係に起きる心身の苦痛」となりますが、こんなことをくどくど言い始めると余計わからなくなってしまいます。ここでは直観的に病気は病気として話を進めましょう。

江戸時代には40才くらいで終わった人の命ですが、これが少しずつ延びて、昭和の高度成長期の頃からは、ほとんど1年に1才に近いペースで、爆発的に寿命が延びることになります。その原因は硝子戸と石鹸に始まった文化的な生活で、冬でも明るくて暖かい住居ができたし、とても衛生的な生活が始まりました。そこにもってきて、高度成長による富と情報は、栄養に富んだ食事と、病気に配慮した生活をもたらします。

さらにご承知の通り、医学の進歩です。ワクチンや抗生物質ができて、天然痘やポリオはこの地球上から姿を消したし、かつて最も恐れられた結核も、今ではキャンペーンをはらなければ思い出してもらえないほどです。こうして医学の華々しい側面を見ると、一つ一つの病気もやがては解決するようにも見えますが、病気の方も一筋縄ではいきません。
一口に病気と言いますが、そこには若い人の病気と年寄りの病気、急性の病気と慢性の病気、治る病気と治らない病気、身体の中に原因があるものと外に原因があるものなど様々です。病気を治す一番の方法はその原因を取り除くことですから、まず医学が組みしやすい病気というのは、身体の外に原因があるもののです。毒を飲んだら解毒剤、感染症には抗生剤といった具合です。しかし、リウマチのように身体の内部に原因があると、その治療は相当複雑なことになります。同じように、年寄りよりは若い人の病気、慢性よりは急性の病気の方が話は単純です。

こうして医学はまず解決ができる病気から手をつけることになりました。しかし、一つの病気を解決すれば、必ず次の問題が起きてきます。組しやすい若者の急性疾患から解決をしていった結果、残ったのは老人の慢性疾患でした

高血圧や糖尿病、そして癌などの病気ですが、これらの病気もひと昔前に比べればずいぶん改善されましたが、決して解決はしていません。腎臓がおかしくなったとしても、最終的には腎臓の移植という手がありますが、これとても移植をすれば終わりというものではなく、移植の後の拒絶反応の治療をしなければなりません。今は免疫抑制剤などとともに、新免疫システムの導入などという治療が最新のものですが、今度はこの免疫システムのために癌の発生を招きます。こうして一つの問題を解決すれば新たな問題を引き起こし、死との戦いの中でいたちごっこのような医療が続きます。

病気をいくら克服しても、その間に人間はだんだん老いて、いずれ死を迎えることになります。それは年をとって身体のあちこちがおかしくなって、先細るように迎える死で、ここに至る経緯を老化といいます。老化とは単に長く生きることではなく、時間とともに身体の機能が衰えていくことをいうのです。老化、老人という言葉には、衰えという意味が含まれるので、差別用語のようなニュアンスがあるのでしょうか、最近はマスコミも老人といわずに、高齢者、老化現象といわずに加齢現象という言葉を使います。高齢者を平たく言うと年寄りですが、ここにわざわざ「お」をつけて、お年寄りと呼ぶのは、どうも社会にへつらっているように見えて、私は好みません。

ともあれ年をとれば病気になるというのは当然のことです。先ほど記しましたように、病気とは「偶発的」なものだとすると、高齢者の病気の中には、どうみても偶発的とは言いがたいものがいっぱい含まれますから、もしかするとこれは病気ではなく、普通の姿なのかもしれません。

今、日本人の平均寿命は男女に多少の差はありますが、おおよそ80歳、癌にも肺炎にもならず、どんなに長生きしても最大寿命は115から120歳程度のものです。したがって80才近辺の人が最も頻繁に医療に接することになりますが、この時医学の実力は、もう大昔の祈祷師に近いのかもしれません。80才になるまで救える人は救ってきたわけで、これからはなるべく平穏な死を迎えられるような環境を整えることも、医療の役割になってくるかもしれません。